大判例

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福岡地方裁判所 昭和43年(行ウ)74号 判決

原告 加賀田永太郎 外一名

被告 大和町長

主文

一、被告が、昭和四三年一月一日付をもつて、原告加賀田永太郎に対してなした行政職(一)二等級特号給(七一、〇〇〇円)を給するとの処分および原告松藤仁に対してなした行政職(一)二等級一六号給(六五、〇〇〇円)を給するとの処分は、いずれもこれを取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

(一)  原告両名 主文同旨の判決。

(二)  被告「(本案前)原告等の請求を却下する。

(本案)原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

第二、当事者双方の主張

(原告両名の主張)

一、原告等はいずれも福岡県山門郡大和町の職員で、「大和町職員の給与に関する条例」(昭和三八年三月二二日大和町条例第七号)四条所定の行政職給料表(一)の適用を受けており、原告加賀田永太郎は企画課参事の職にあつて右給料表の一等級一三号給月額七三、二〇〇円の給料、原告松藤仁は町民課長補佐の職にあつて同給料表一等級一〇号給月額六六、一〇〇円の給料をそれぞれ支給されていた。

二、ところが被告は、原告等に対し、その意に反して昭和四三年一月一日付で、各一等級から二等級へ降格するとともに、右降格に伴い「初任給、昇格、昇給等の基準に関する規則」(昭和四〇年三月二四日大和町規則第三号)二一条による必要な降給として、原告加賀田に対し、行政職(一)二等級特号給(七一、〇〇〇円)を給するとの処分をし、原告松藤に対し行政職(一)二等級一六号給(六五、五〇〇円)を給するとの処分をした。

三、しかし、前項の降格、降給処分(以下本件処分という)は次の理由によつて違法である。

1、手続上の違法

本件処分は、地方公務員法四九条にいう職員の意に反する「不利益な処分」であるが、被告は同条一項の処分説明書の交付をしていない。しかも被告が右の交付をしない理由は、本件の処分が職員の意に反する不利益処分ではないというにあり、従つて被告は、原告等が同条二項によつて処分説明書の交付を請求する権利を有せず、被告が同条三項によつて処分説明書を交付する義務もないことを前提として、処分説明書を交付しなかつたものである。

ところが、職員は地方公務員法四九条の二及び三によつてその意に反する不利益処分に限り、処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六〇日以内で処分のあつた日の翌日から起算して、一年以内に人事委員会又は公平委員会に対して、不服申立てをすることができるのであるが、本件処分のように被告が、これをその意に反する不利益処分と認めず、そのため処分説明書の交付もしない場合には職員をして誤つて右の出訴期間を徒過し、救済を受ける機会を失なわしめる危険性が甚だ大きいから、本件処分は手続的に違法と言わなければならない。

2、内容的な違法

昭和四一年四月の大和町機構改革以前、原告加賀田永太郎は戸籍課長、原告松藤仁は水道課長であつたが、右機構改革による同課長職の廃止に伴い、原告等はそれぞれ第一項記載の職に降職され、前記規則三条所定の別表第一「等級別格付基準表」の適用上一等級から二等級に降格されることとなつた。しかし、同規則附則(昭和四一年四月一日規則第三号)二項に経過規定として「昭和四一年四月の機構改革にともない改正後の第三条の規定の適用により降格することとなる職員については、当分の間なお従前の例によることができる」と定められたので、被告は原告等を引き続き一等級の職にあるものとして取り扱つてきたのである。

ところが、右のように職員の身分保障のための経過規定にいう「当分の間」とは、よりよい優遇措置がとられるまで又は同等若しくは、上級の新しい立法措置がとられるまでの意味に解すべきであるから、そのような措置なくして裁量により身分保障の剥奪を許すとの解釈は違法である。

(1) 同附則に「当分の間なお従前の例によることができる」とある「当分の間」とは、被告が「当分の間従前の例による」旨の処分をすることができるから従つて被告が適宜右処分を廃止することもできるとの意味ではなく、被告は「従前の例による」旨の処分をすることができるだけで、その旨の処分をした以上、「当分の間」実施されるべき同附則の存続する限り、適宜これを廃止することは許されないとの意味である。要するに右の「当分の間」とは同附則の存続期間に関する定めであつて、同附則による被告の処分の存続期間に関する定めではないから、ひと度被告が同附則に基づいて従前の例による旨の処分をした以上、これを廃止する法形式は規則又はそれより上級の法形式でなければならない。

(2) ところで、本件で問題の前記附則は、被告が「大和町職員の給与に関する条例」(昭和三八年三月二二日大和町条例第七号)の授権に基づいて制定した「初任給、昇格、昇給等の基準に関する規則」の一部をなす行政規則で、被告自身がこれを遵守すべき法規範性を有することは言うまでもない。

そして法律、命令、条例、規則のいずれを問わず、いやしくも法規たるものは、立法者の意思も解釈の一つの参考にはなるが、基本的には法規それ自体のもつ客観的な意義に従つて合理的に解釈されなければならない。また、いやしくも、行政庁はその権限を乱用することはないものであるとの前提に立つて乱用も可能となるような解釈をすることは許されず、行政庁の権限乱用を許さないような解釈によつてできるだけ行政庁の公正を法令自体によつて保持するようにしなければならないものである。

右附則にいう「当分の間」が同附則による被告の処分の存続期間と解するならば、被告が仮に二ケ月又は三ケ月を当分の間と解して右処分を廃止することも可能となり、従つて降給権限の乱用の客観的可能性を解釈のうちに必然的に内包することとならざるを得ない。しかも右規則自体は依然として「当分の間従前の例によることができる」と規定して有効に存続しているから、従前の例を事情次第では復活することも可能となり、かくては職員の身分保障は町長の胸先三寸で右に左に揺れ動いて止まるところを知らない。たとえ同じ町長の意思による改廃が可能であるとしても、元来一般性、客観性の強い規則によつて定められた取扱は、規則によつてのみ廃止、変更しうるものとすることによつて、はじめて最少限度の乱用防止の解釈で適法ということができる。

(3) のみならず、同附則の設けられた背後には、懲戒又は懲戒含みの人事を除きかつて降任、降給の人事が行なわれたことがないという大和町の職員の人事に関する慣例があり、昭和四一年四月の機構改革に際しても、課の廃止が行なわれる以上それに伴う降任は止むを得ないとしても、降給を避けることは予算上可能であるから、右慣例に従つてその回避の措置をとるべきだという配慮ないし職員間の法的確信が働いていた。だから右の人事の実体に則して見る限り、同附則の「当分の間」とは、例えば参事が退職し、課長補佐が課長に昇任されるなど同附則の適用対象がなくなつて附則の存置の必要もなくなるまでという意味を持つていたのである。

なお、同附則がもし、「当分の間従前の例による」と規定したとしても、町長がこれに従つて「当分の間従前の例による」との処分をなし(そしてなすことが必要であるが)従前の例によるのは当分の間であるからとて同附則の改正なしに任意の期間後右処分を廃止すれば、やはり「従前の例によることができる」と規定している場合と同じ問題が発生する。「従前の例による」と規定する場合と「従前の例によることができる」と規定する場合の相違は実際上はないのであり、強いて言えば、町長が当初「従前の例による」との処分をなすことを形式的にも義務づけられるか、裁量上義務づけに近い方向づけを受けるかにとどまるのである。

従つて、百歩譲つて被告主張のように「かかる措置をした理由に鑑み相当とされる期間が経過すれば」「『当分の間』なる一時的措置を廃止するのに何らの制限をうくる筋合はない」としても、いまだその相当期間は経過していないのである。

(4) 以上のように、本件降給処分は同附則の解釈適用を誤つた違法な処分である。

(5) 被告は本件発令は、等級別格付基準表の改正と前記附則の適用の廃止の結果に過ぎない旨主張する。しかし右主張は正しくない。

(一) 被告主張によつても右改正とは、「昭和四二年一二月二八日等級別格付基準表を改正し、同基準表上に参事が二等級であることを明記し、これを昭和四三年一月一日より施行することとした」というのであるが、しからばその反対解釈として昭和四二年四月の機構改革で戸籍課長から参事となつた原告加賀田永太郎は、右改正の時まで前記附則をまつまでもなく一等級に格付けされていたことになる。そして同原告に関しては同附則の適用の廃止という問題はないこととなり、かつ課長補佐たる原告松藤仁に関しては右基準表改正という問題はないこととなる。

(二) しかも、被告が右附則によつて「課長であつた原告らに対しては当分の間に限り尚一等級の待遇と従来の額の給料の支給をなすこととした」というのであれば、右格付基準表の改正によつて参事の職が二等級とされようがされまいが、それは、右のように原告加賀田永太郎が特に課長(一等級)の待遇とされていた以上、この経過措置がある限りは同原告には無関係な問題であつて、右改正によつて同原告が右経過措置を廃止されて二等級に降格されたかのごとき被告主張は全く本末を転倒している。そうなると原告等に対する発令は結局右経過規定の適用の廃止の結果ということに帰着する。

四、抗告訴訟の対象となる行政処分とは、被告の主張するように「直接に一定の法律効果を発生する法律行為的行政行為」というようなものではない。これは実定法上も学理上も何の根拠もない独自の見解に過ぎない。抗告訴訟の対象となる行政処分とは「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法三条二項)であり、ここでいう行政庁の処分というのは、法律行為的行政行為のほか、準法律的行政行為(公証行為、確認行為、通知行為、受理行為等)及び公権力の行使に当たる事実行為を含むのである。なぜなら、行政事件訴訟法に言う抗告訴訟は行政事件訴訟特例法時代と異り、広く、行政庁の公定力をもつた第一次的判断(法が認めた優越的地位に基づき法の執行としてする意思活動といつてもよい)を媒介として生じた違法状態を否定又は排除し、相手方の権利利益の保護救済を図ることを目的とする一切の訴訟形態を含む意味に用いられているからである。

だから「給与条例に基づく給料表あるいは等級別資格基準の改正」に基づくものでも、行政庁の意思活動が介在して格付がされる限り、その格付は行政処分性を有するものである。

まして本件で取消の対象となつているのは、「当分の間」が経過したとの判断によつて前記附則の適用を廃止し、従つて等級別格付基準表の適用下に置くことによつてなした降給処分であるから、その行政処分性は極めて明らかである。

五、そこで原告等は、昭和四三年一月二九日大和町公平委員会に対し、地方公務員法四九条の二の規定に基き本件処分の審査請求をしたが、三カ月を経過しても未だに判定がない。

よつて、本件降格、降給処分の取消を求めるため本訴に及ぶ。

(被告の主張)

一、(本案前の主張)

本訴は行政事件訴訟法第三条による抗告訴訟であるところ、被告は原告らがその取消を求める如き行政処分をなしたことはない。訴状請求の趣旨に記載の被告の行為は、単なる通知行為(準法律行為的行政行為)であつて行政処分ではない。したがつて本訴は取消さるべき処分がなく、訴えの利益がないから不適法である。

二、被告は昭和四三年一月一日付で、原告加賀田に対し、「行政職(一)二等級特号給(七一、〇〇〇円)を給する」と記載した辞令書を交付し、原告松藤に対しては「行政職(一)二等級一六号給(六五、五〇〇円)を給する」と記載した辞令書を交付した。

三、右の如き辞令書を交付した理由は次のとおりである。

(1) 被告の町では昭和四一年四月機構改革をなしそれまで八課一室制であつたものを六課制に変更し、戸籍課、保健課、厚生課、水道課を町民課一本に吸収したので、戸籍課長の原告加賀田を企図課参事に、水道課長の原告松藤を町民課長補佐に各降任した。

(2) 参事は職務上課長の下位にあるものとされていたが、当時は等級別格付基準表上は一等級であるか二等級であるかは明らかではなかつた。しかし実際上は一等級の課長に対比して二等級をもつて目すべき含みがあつた。

課長補佐は等級別格付基準表上二等級と規定されていたので原告松藤が右降任に伴い降格となることは明らかであつた。

(3) 被告は原告らの右降任に伴い、直ちに降格ないし降給の結果を招来するのは情において忍びないとの温情から、「初任給、昇格、昇給等の基準に関する規則」に附則をもつて経過規定をおき、「昭和四一年四月の機構改革にともない改正後の第三条の規定の適用により降格することとなる職員については、当分の間なお従前の例によることができる」と定めて課長であつた原告らに対しては当分の間に限りなお一等級の待遇と従来の額の給料の支給をなすこととした。

(4) その後被告は昭和四二年一二月二七日等級別格付基準表を改正し、同基準表上に参事が二等級であることを明記し、これを昭和四三年一月一日より施行することとした。そして「当分の間」に相当する期間は十分に経過したと認めたのでこの際同時に前記の経過規定の適用を廃止することとした。この結果原告らに対しては規則通り等級別格付基準表が適用されることとなり、いづれも該基準表に基づき二等級の取扱いをしなければならなくなつたので、原告加賀田については「初任給、昇格、昇給等の基準に関する規則」二一条二項の規定により二等級特号給月額金七万一、〇〇〇円を支給し、原告松藤に対しては同条一項第二号の規定により二等級一六号給月額金六万五、五〇〇円を支給することとなり、前記のとおり昭和四三年一月一日附の辞令書をそれぞれ交付したのである。

四、原告らが取消を求むる被告の行為は、被告が原告らに対してなした発令行為であるが、該発令は給料に関するものである。ところで職員の給料は給料表によつて支給しなければならないとされており(大和町職員の給与に関する条例(以下本件条例という)四条七項)、給料表は同条例四条一項により別表として定められているが、給料表に定むる等級は本件条例四条五項により定数の範囲内で規則で定むる基準に従い決定されるものとされており、右基準は初任給、昇格、昇給等の基準に関する規則(以下本件規則という)三条により別表の等級別格付基準表において規定されている。

ところで昭和四二年一二月二七日付規則第一一号により参事が二等級と定められた結果原告加賀田については、従来明確でなかつた同人の二等級への降格が明確となつた。これと同時に経過規定の適用が廃止されたので、それまで一等級一三号給月額金七三、二〇〇円を給せられていた原告加賀田に対しては、本件規則二一条一項第三号により二等級一九号給月額金六八、八〇〇円を支給すべきものとなつた。しかしこの際被告は格別の温情的配慮をもつて同規則二一条二項を適用し特号給として月額金七一、〇〇〇円を支給することとしこの旨を発令したのである。原告松藤については昭和四一年四月の職制改革により二等級へ降格されたにもかかわらず、尚一等級の取扱いを維持してきたが、経過規定の適用の廃止により昭和四三年一月一日より二等級扱いをなすべきものとなり、それまで一等級一〇号給月額金六六、一〇〇円であつた同人に対しては、本件規則二一条一項第二号により二等級月額金六五、五〇〇円を支給すべきものとなつたので、この旨の発令をしたのである。原告加賀田に対する前記発令がもし本訴により取消された場合は、同人に対しては従来の月額金七三、二〇〇円が当然復活するのではなく、本件規則二一条一項第二号が適用され月額金六八、八〇〇円となるべき筋合である。

原告松藤に対する前記発令が取消された場合は、同人に対する従来の月額金六六、一〇〇円が復活するのではなく、単に条例規則の適用の結果を開示したにすぎない通知行為としての発令行為が取消されるだけであるから、同人に対して支給すべき給料が月額金六五、五〇〇円であることに何らの消長を来さない。

五、被告が原告らに対し右の如き発令をしたのは等級別格付基準表の改正と、並びに機構改革前の身分を一時的に保証した経過規定の適用を廃止した結果であるが、被告のなした辞令書交付行為は規則を適用する上での被告の単なる認識判断の表示行為であり通知行為であつて、準法律行為的行政行為である。

行政処分とは単独行為たる行政行為であるが、それは直接に一定の法律効果を発生する法律行為的行政行為である。したがつて右辞令交付行為は行政処分ではない。

六、(本案の答弁)

請求の原因第一項は認める。

七、同上第二項は否認する。

前記本案前主張において述べたとおり、等級別格付基準表の改正と経過規定適用の廃止により、降格降給の結果を招来したにすぎないものであつて、原告らに対し降格処分ないし降給処分がなされたことはない。

八、本件につき被告が地方公務員法四九条にいう不利益処分でないことを前提として、同条一項の処分説明書を交付していないことは認める。

処分説明書なるものは、それが交付さるべき場合であつても、その不交付によつて当該不利益処分は違法とはならず、かつ又処分説明書を交付すべき場合でも被処分者が適法の期間内に公平委員会に対する審査申立をなしているときは、不交付の瑕疵はすでに治癒されているとみるべきである。

九、請求の原因第三項2(内容的な違法)のうち、前段の事実は認めるが、ただしそのうち原告主張の経過規定の解釈及び違法の主張は争う。

「当分の間」というのは文字どおり限時的の意味であり、かかる措置をした理由に鑑みて相当とされる期間が経過すれば、かかる特別措置のない本来の元のあるべき状態に復元するのが当然である。本件経過規定を定めた当時被告は、将来よりよい優遇措置をとるとか又は新しい立法措置をとるとの意思はなかつたし、そのような意思表示もしていない。したがつて「当分の間」なる一時的措置を廃止するのに何らの制限をうくる筋合はなく、まして原告らより新たに優遇的措置を講ぜよとの要請をされる筋合もない。したがつて「当分の間」とある措辞をそのような優遇措置のとられるまでの意味に解すべき理由はない。

一〇、同上第五項は認める。

一一、本件規則の附則(昭和四一年規則第三号)の第二項の経過規定は「当分の間なお従前の例によることができる」と明記しており、従来の例によることの措置を任命権者の裁量に一任している。もし右が「当分の間なお従前の例による」とあるならば従来の例によることは覊束行為であつて、裁量の余地はない。裁量行為のうちでも、覊束裁量と便宜裁量とがあるが、本件の場合の如き職員の給料に関する恩恵的措置は便宜裁量に属するのであつて、その裁量を誤る行為は単に不当行為であるにすぎず違法の問題は発生しないのである。したがつて司法的判断の対象とはなり得ないのであつて、原告らの本訴請求は棄却せらるべきものと思料する。

一二、原告等は、「「当分の間なお従前の例によることができる」とある「当分の間」とは同附則の存続期間の定めであつて、ひと度従前の例によるところの処分をした以上、これを廃止する法形式がなければならない」と主張する。

しかし、「例によることができる」とある場合と「例による」とある場合は厳格に区別されねばならないのであつて、後者の場合は「当分の間」の判定は立法権者に握られているから、規定の存続期間を意味すると考えられるが、前者の場合は「当分の間」の判定は任命権者の裁量に一任されているから、「当分の間」は規定の存続期間を意味せず、例によるところの措置の存続期間と解すべきである。

「当分の間」ということばで、どの位の期間をカバーすることができるかということは一応問題となるが、将来別に立法上の措置がとられるまでは、いつまでも続くものと解すべきであろう。

右の「立法上の措置」というのは、立法権者の立法措置ということである。立法措置とはこの場合改廃措置であるが、立法権者の改廃措置であればよく、それが成文法の形式によらねばならないと解すべき根拠はない。原告らの主張する如く、附則を廃止するために規則又はそれより上級の法形式を必要とするとの根拠はない。

そもそも経過規定の廃止をする場合、これを成文法の形式をもつてしないで、実質上その適用が廃止されて形式上はもぬけのからのまま残存する形態となるのがわが国の立法上のやり方である。本件の場合経過規定はその内容である措置を任命権者の裁量に一任しているのであり、任命権者たる被告は便宜裁量によつて「当分の間」の満了を認定して該措置の打ち切り(経過規定の適用の廃止)をなしたのであるが、この結果経過規定自体は実質上はすでにもぬけのからとなつて形式上形骸だけを留めているのであるが、このようなことはわが国の立法技術上何ら差支えのないことである。

一三、原告等は、「当分の間」を被告の処分の存続期間と解すれば被告は二、三ケ月で右処分を廃止することが可能となり、しかも右規則自体は依然として「当分の間従前の例によることができる」と規定して有効に存続しているから、従前の例を事情次第では復活することもでき、かくては職員の身分保障は町長の胸先三寸で右に左に揺れ動いて止まるところを知らないと主張する。しかし町長がかりに二、三ケ月で特別措置を廃止するなら、それは二、三ケ月をもつて「当分の間」は期間満了したと認定して廃止するのであるから、ひと度右の如き認定をなしながら再度これを復活するが如きことは考えられない。したがつてその主張の如き職員の身分保障の不安定動揺をきたすような事態は起り得ないのである。

一四、原告等は、大和町には懲戒又は懲戒含みの人事を除き降任降給が行なわれたことがないとの慣例があり、右慣例に従つて降給は回避すべきだとの職員間の法的確信があつたと主張するが、かかる慣例とこれに基く職員間の法的確信の存在は否認する。ただ懲戒人事以外に降任降給のなされなかつたという歴史的事実と、これに基く職員の一種の希望的期待があつたであろうことは認められる。又「当分の間」とは原告らが退職したり昇格したりして特別の救済措置の必要がなくなるまでの間を意味するとの原告等の主張は、単なる我田引水の見解にすぎない。

さらに原告等は、「従前の例によることができる」と規定するも「従前の例による」と規定するも実際上相違はないと主張するが、両者は厳重に区別すべき異質の概念であることは既述のとおりであつて、前者の場合は裁量的行為を意味し後者は覊束的行為を意味するのである。

なお、原告等は百歩を譲つても「当分の間」に相当する期間は経過していないと主張する。

しかしながら、昭和四一年四月一日に右経過規定による特別救済措置がとられて、これが昭和四二年一二月二七日にその適用が廃止されるまでには、一年九ケ月という相当の長期間が経過しているのである。

しかもこの間に原告等は右救済措置によつて次のような昇給をうけていて、昭和四三年一月一日の辞令金額自体が昭和四一年四月当時の金額に比し、格段の上昇をとげているのである。

原告 加賀田  原告 松藤

41・4・1 五八、二〇〇円 五一、八〇〇円

7・1 六〇、三〇〇円 五四、〇〇〇円

9・1 六三、七〇〇円 五六、九〇〇円

42・6・1 六五、九〇〇円 五九、二〇〇円

7・1 六八、一〇〇円 六一、五〇〇円

8・1 七三、二〇〇円 六六、一〇〇円

43・1・1 七一、〇〇〇円 六五、五〇〇円

したがつて経過規定の適用が廃止されるまでには、「当分の間」に相当する合理的期間は、時間的にも待遇面からも充分すぎる位充分に確保されているのである。

一五、原告等は、原告等に対する発令は結局右経過規定の適用の廃止の結果ということに帰着すると主張するが、これは被告の主張に対する無理解によるものと思われる。

原告加賀田については、昭和四一年四月五日企画課参事に任命したが、参事が一等級であるか二等級であるか当時の等級格付基準表では明らかでなかつた。明らかでなかつたから経過規定をもつて従前どおり一等級の取扱いをなすことを定めたが、これにより同人の身分が限時的に保障され得たのである。

したがつて同原告については、昭和四二年一二月二七日附の参事を二等級と明規した等級格付基準表の改正と、及びこれと競合する経過規定の適用の廃止とにより、昭和四三年一月一日より二等級の扱いをすることとなつたのであり、原告松藤については、経過規定の適用の廃止により同年同月同日より二等級の扱いをすることになつたのである。

一六、原告等の昭和四一年四月五日の降任前並びにその後の職歴は左のとおりである。

原告 加賀田

30・7・16 土木課長(同日採用)

38・10・1 戸籍課長

41・4・5 企画課参事

42・2・1 経済課参事(現在に至る)

原告 松藤

38・10・1 社会課長補佐

39・4・1 水道課長補佐

40・4・1 水道課長

41・4・5 町民課長補佐兼水道係長(現在に至る)

第三、証拠〈省略〉

理由

一、原告両名がいずれも大和町の原告等主張の給与条例四条所定の行政職給料表(一)の適用を受ける職員で、もと原告加賀田は戸籍課長、原告松藤は水道課長であつたが、昭和四一年四月の同町機構改革による右各課長職の廃止に伴い、原告加賀田は企画課参事、原告松藤は町民課長補佐の職に降職されたこと、原告主張の「初任給、昇格、昇給等の基準に関する規則(昭和四〇年三月二四日大和町規則第三号)」によれば、右降職により、同規則三条所定別表第一「等級別格付基準表」の適用上原告両名は従来の一等級から二等級に降格されることとなつたが、同規則附則(昭和四一年四月一日規則三号)二項に経過規定として「昭和四一年四月の機構改革にともない改正後の第三条の規定の適用により降格することとなる職員については当分の間なお従前の例によることができる。」と定められたので、被告は引き続き原告等を一等級の職にあるものとして給与面の取り扱いをなしてきたため、原告加賀田は一等級一三号給月額七三、二〇〇円の給料を、同松藤は一等級一〇号給月額六六、五〇〇円の給料をそれぞれ支給されていたこと、被告は昭和四三年一月一日付で、原告加賀田に対し「行政職(一)二等級特号給(七一、〇〇〇円)を給する」旨の辞令書を、原告松藤に対し「行政職(一)二等級一六号給(六五、五〇〇円)を給する」旨の辞令書を各交付したこと、被告は、右発令行為が地方公務員法四九条にいう不利益処分に該るものではないとして、処分説明書の交付をしていないこと、原告等は昭和四三年一月二九日大和町公平委員会に対し右発令行為の審査請求をしたが、三カ月を経過して本訴提起に至るまで判定がなされていないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない乙第一ないし六号証の一、二及び被告大和町長尋問の結果を総合すれば、大和町においては、昭和四一年四月の機構改革の前後を通じ、その後昭和四二年一二月二七日公布昭和四三年一月一日施行の規則改正により等級別格付基準表上参事を二等級に格付けすることが明記されるまでは、参事の職は、規定上何等級であるかが明示されていなかつたが、従来より二等級に相当するものと観念されており、原告等の場合いずれも、課長職からの降職により、当然二等級に格付けされるべきものであつたにもかかわらず、被告は、前示附則二項の経過規定により一等級の給料を支給していたものであるところ、右規則改正の機会に、同附則二項の「当分の間」が経過したものとして本件発令をなしたものであることが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。

三、被告は、本件発令行為は抗告訴訟の目的たる行政処分に該るものではなく、前示附則二項にいう「当分の間」が経過したので、被告においてその適用を廃止した結果、発令の有無に係らず、原告等は当然二等級に降格したのであつて、発令行為は単に右事実を通知したものにすぎないから、本訴は利益を欠くものでもある旨主張する。

しかしながら、右附則二項の適用の廃止なるものは、これを実施すべく被告において内部的に決定したというだけでは、直ちに適用廃止の効果を生ずるものではなく、その内容に鑑みそれが対象者たる原告等に向けられた外形的行為として発現してはじめて効力を有するに至るものと解すべきであり、原告の主張する発令行為は右適用廃止の行為そのものと解せられ、原告の取消を求める行政処分はまさに右行為にほかならない。

そして、右行為は、その内容において原告等の権利、利益を害する行政庁の処分であり、また、その取消により原告等は従前の地位を回復することができるものであるから、取消の利益を有することも明らかである。

よつて、被告の本案前の主張は理由がない。

四、前示のとおり、被告の行為はまた地方公務員法四九条所定の職員に対する意に反する不利益処分であるから、被告は同条一項の規定により原告等に対し処分説明書を交付しなければならなかつたものである。

しかし、右規定の処分説明書の交付は、処分を受けた職員に対し、すでになされた処分の理由を明示し、不服申立の便宜を計る趣旨の事後手続にすぎないから被告の右事後手続の規定に違背した違法は、これをもつて先行してなされた本件行政処分自体を取消さなければならないほどの瑕疵ということはできない。

五、被告は、本件処分は被告においてその裁量権により、前示附則二項所定の「当分の間」が経過したと認めたので、原告等に対し正当に同項の適用を廃止したものであるから、適法の処分であると主張する。

前掲乙第五号証の一、二及び前掲尋問の結果によれば、右附則二項の経過規定は前示機構改革に当り、原告両名を含む課長職より降職される職員のため、特に設けられたものであることが認められるところ、前掲各事実によれば、右機構改革による原告等の降職は、地方公務員法二八条一項四号所定の職制の改廃による廃職の場合に該る分限処分と認められるから、職務と責任に応じ定まるべき地方自治体職員の給与の面においては、既定の給与基準に照し、本来は、原告等が二等級に降格の不利益を受けるのはやむを得ない場合であつたということができる。

それにもかかわらず、前示附則が設けられた趣旨は、勤務実績不良その他対象者固有の他の分限事由による場合でないことを考慮し、降職に伴う給与面での不利益から対象者を救済することを目的とするものと認められるところ、成立に争いのない甲第三号証、乙第六号証の三によれば、前示規則の降格の処置を規定する二一条において、すでにその二項として、同条一項の原則規定による号給が他の職員との均衡を著しく失すると認められるときは、同条一項の原則規定にかかわらず任命権者はあらかじめ町長の承認を得て対象者の給料月額を別途決定することができる趣旨の救済規定が存置されていることが認められるところであるから、前示附則二項は、前記機構改革による降職の場合に限つて、右「他の職員との均衡を著しく失する」と認められると否とにかかわらず、給与面での不利益を救済するとともに、その救済方法においても「従前の例による」ことができるとしたものと解せられる。

右のような規定の趣旨及び前掲尋問の結果により認められるように、大和町職員の給与体系が厳密な職階制として確立しておらず、生活保障給、年功序列給の性格を全く失つているものではないことに鑑み、前示附則二項を合理的に解釈すれば、「当分の間」とは単純な時間的経過を指すものではなく、対象者が右附則二項の適用により受ける従前のまたはそれ以上の給与に相応する職に配置せられ、あるいは死亡、退職、給与基準の改定等右附則二項の適用を要しなくなる場合、別途に地方公務員法二八条所定の分限事由を生じた結果分限処分を行う場合など右附則の適用を廃止するについて客観的合理的な特段の事情が生ずることを想定し、個々の対象者により異るであろうこれらの事由の生ずるまでの不確定期間を一般化して「当分の間」と表現したものと解すべきである。また、「従前の例によることができる。」としたのは、任命権者に権限を授与して、従前の例によることを適法化する意味を表わしているにとどまるものであり、この用語法により附則二項の適用の廃止を任命権者の自由裁量としたものと解すべきではない。

本件処分の場合、前掲尋問の結果によれば、被告は、原告等の降職以来二一カ月を経過し、その間にベースアップ以外に昇給もなされたことをもつて右「当分の間」が経過したものとして本件降格、降給処分を行つたものと認められるが、右事情は未だこれをもつて本件処分を正当とする事由となすに足りない。

六、よつて、被告の原告両名に対する本件降格、降給処分は、前記附則二項の適用廃止に関する判断を誤つた違法の処分であるというべく、これと同旨の原告等の主張は理由があるから、その取消を求める原告等の本訴各請求を正当として認容すべきものとし、民訴法八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 安東勝 渡辺惺 蜂谷尚久)

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